ACT.26 鹿屋航空基地史料館 薩摩半島入り

自分で考える事をせずに他の意思にただ従うことを良しとしない

2016/4/2

プラグポイントには屋根のある駐輪場がある!

これは大事なポイントですよね。

出来る限り濡らしたくないということもありますが

雨天時も整備できるということが大きい

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整備後出発です。

バイク王国プラグポイントを出発

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上祓川町(かみはらいかわ)を出発し、国道504号線を南下して鹿屋市内へ

海上自衛隊 鹿屋航空基地史料館

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ざっくり言うと帝国海軍と海上自衛隊の展示があります。

  • 特攻と旧日本海軍についての展示
  • 海上自衛隊の現在の仕事、退役機の展示

公式ウェブサイトはこちら→鹿屋基地史料館

鹿屋で特攻について知る意味

特攻と言えば鹿児島県知覧が有名で、知覧特攻平和会館もあります。

少し、話をそらしますが…

とあるネットカフェの出口で鉢合わせた、

自転車乗りの看護師(男)は

10日の有給休暇をとり

大阪からロードバイクと最小の荷物で

知覧特攻平和会館を最終目的地としてキャノンボールしていました。

凄い男だ…

世間一般には一見無謀な事でも

達成してしまえば、ただの可能な事に過ぎない

ということですね。

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話を戻します。

では、鹿屋は歴史上どのような位置づけがあるのか…

鹿屋は第二次世界大戦時に鹿屋会談がもたれた場所です。

鹿屋会談は日米開戦の契機となる真珠湾攻撃の発案が行われた会議

そして、薩摩半島と大隅半島の間にある錦江湾(鹿児島湾)は、その訓練が実施された場所。

このことをふまえて史料館を訪れると、より理解が深まるかと。

零式艦上戦闘機

略して零戦のレプリカ展示もあります。

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ここは、写真撮影の許可があります。

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少年が零戦に乗って、笑える時代です。

本当にいい時代に生きているな…

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※以下の事には賛否両論が間違いなく出ます。

そのことを踏まえられる方ご覧ください。

大事なことは、戦争の歴史を少しでも知り

今後に生かす(判断や思考の基礎とする)ことです。

意見は違うと思いますが、この点はどの方とも共通できると思います。

本来は制空戦闘機であった零戦ですが、

太平洋戦争末期には爆装をしての出撃 、特攻を余儀なくされた機体です。

特攻といっても、特攻前に落とされることがほとんどであったようです。

※制空戦闘機:相手の戦闘機から制空権を守るために相手の戦闘機を落とすことが仕事
制空権が揺らぐと、爆撃機が侵入しいいように爆撃される。
終戦間際では制空権を失っていたため頻繁に本土空襲を受けた。
現代では、航空自衛隊のF15やF2が当てはまる。

当時…

新エンジン開発遅延→馬力不足

馬力不足→機能十分な無線機を積めない→連携不足

馬力不足→防弾装備はほぼなく、軽量化のためにわざと外す場合もある→人命の軽視

海軍参謀がアメリカの僚機とのコンビネーション戦略に対応できなかった

そもそも爆装して飛ぶ戦闘機ではない

このように太平洋戦争中期から末期にかけて

運用方法が間違っていることを承知で戦い続けなければならないほど

日本軍は追い詰められていた。

このような劣悪な条件下で、自分より若い者が飛び、戦死していったのかと思うと

無念で仕方がない。

特攻に出撃した隊員の遺書の展示があります。

遺書を最初から最後まで読んだとき、そう思いました。

いろいろともてはやされる事の多い機体ですが、

私にとっては旧日本軍の人命軽視体質の象徴です。

戦争だから仕方ないといえばそこまでですが。

美濃部 正(みのべ ただし)少佐と芙蓉部隊(ふようぶたい)

詳細はwikiに記事があります

特攻に反対した部隊長ということで知られています。

正確には、特攻よりも戦果をあげる戦術(夜襲)を模索し、

実行した隊長ということでしょうか。

当時、上層部から指示される特攻は

成功率を度外視した精神論じみたものでした。

当時のアメリカ軍最新鋭機F6Fヘルキャットと零戦のキルレシオは、1:19

※アメリカ側の見解(日本軍上層部も知っていたと思います)

日本側がヘルキャットを1機落とす間に零戦は19機落とされる

という力関係の部隊がアメリカ側の艦艇を守っている状況で、

爆装し機動力の落ちた零戦がヘルキャットの迎撃をかいくぐり体当たりできるか?

無理です。

無理でもやるんだよというのは

犬死にと等しく、犠牲と戦果が合っていない。

この状況下で特攻を作戦として立案する上層部は間違いなく思考が止まっています。

人の命を何だと思っているのか。

美濃部正少佐は、死ぬことは怖くないが犬死には我慢ならないと訴えたのです。

まあ…日本が滅亡するかもしれないという狂気の中で

思考を止めるなといっても難しいですよね…

現代でもそっくりな人間がいます。

怪我や故障を甘く見て、精神論を唱える部活動の顧問ですよ。

戦時中と同じ考えですよね。

仕事がら、私はこの点についても怒り心頭です。

人の身体を何だと思っているのか。

すみません。話は戻りまして。

現実を直視して思考を止めず、上層部に異を唱え、代替案を模索した人が

美濃部正少佐なのです。

海上自衛隊が史料館をつくり、

特攻の裏側や、美濃部正少佐のことを記した展示をしている意味は

過去を知り、判断の糧にすることにあると感じています。

私は精神論が嫌いではないし、むしろそれに頼って生きてきています。

ただ、精神論も使いどころを間違ってはならないと考えを改めることになりました。

判断に精神論が混じり始めたら、思考が停止している。

精神論は判断した後で物事に取り組むときに力を発揮する。

退役した海上自衛隊の航空機たち

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数えきれないくらいあります。

ぜひ自分で近づいて、細かいところまで見てください。

飛行機が好きな人は、きっと楽しいです。

そんなこんなで、垂水市へ

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国道220号線

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垂水方向のバイパス。

何が怖いって、街灯全くないんだよな…

夜走ったら…怖いだろうな…

垂水フェリー

ヽ(0w0)ノ<<でた!努力を台無しにするルート 錦江湾の北を周れよ!>>

史料館を時間かけて見てたら、時間なくなりました….

それもあるが、まずはこちらをご覧ください。

この黒いの…

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桜島の火山灰 ヤバイ!

走ってたら…パラパラいうんだ。

雨は降ってないし…

なんぞ?って思ったときには、もう口の中がじゃりじゃりするんだ。

※薩摩半島側で話を聞くと久しぶりに桜島から大きい噴煙が上がったとのこと。

その時に自分は風下にいて、

もろに灰を被る位置関係だったそうです…

大隅半島 垂水港

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薩摩半島 鴨池港へ

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さようなら。

大隅半島。また、会おう!

そして、

薩摩半島。お世話になります!


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コメント

  1. 元店員 より:

    記事の順番が変になってたので更新に気付きませんでした
    鹿屋に行かれたのですね、僕もそこで搭乗員の方の遺書を見ました。最後の方の文章辺りから文字が崩れていくのを見て衝撃を受けたのを覚えています。

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